2009年6月22日月曜日

ロシナンテ四方山話

6月18日、臓器移植改定A案が、衆議院で可決された。実質審議8時間。参議院での審議を残すのみとなった。日本人の死生観もこれでグローバル化したのか?一般的日本人の宗教観といえば、クリスマスに「メリークリスマス!」年が明けると神社に初詣。葬式はお寺。これは確かに最先端の世界基準かもしれないが…。
脳死状態といっても特に子どもの肉体の復元力は凄いらしい。今国会でも子どもの脳死をどこまで認めるかが大きな焦点になっている。もちろん臓器移植でしか助からない命もあるのは事実だ。しかし死生観は、その社会が長い歴史の中で培ってきたもののはず。それが十分に論議されずに国会で決められるようとすることに釈然としないボクがいる。
一方、IT化の中枢・インターネットでは、「本音」が受けるらしい。曰く「在日に特権を与えるな!」こんなやり取りが受けるらしい。そんな差別的な世界が、私たちの日常にまで当たり前のように滲めだしてきている。この腐臭は、犯罪者への厳罰化という世論からも漂ってくる。いつの間にか国家に私たちの生命さえあずけてしまったのだろうか。 
人間という生き物には、自分のことは自身で決めたいという本能があるはずだ。とにかく権力なんかで押さえつけられると「ギャオー」となる。それが健康的な人間ではなかろうか。どうもそれがしんどくなってきているのだろうか。何か耳障りの良い声に従うことは、確かに楽チン。しかしその拠り所のベクトルが、集団イジメに向かっているとこりゃ怖い。
 少なくともボクは日本人だ。日本語しか喋れない。自慢じゃないが、この列島はひととおり歩き回ったが…、海外へはいったことはない。パスポートもない。ついでに言うがテレビゲームも大昔のインベーダーゲームしかしらない。もう一ついうとお金がない。結構、貧乏だ。これも自慢だ。でも1959年から生きてきたこの体と心は、間違いなく日本人だと思う。
 こんなボクは、脳死即人の死、外国人は出て行け!麻原をすぐ処刑しろ!とは考えない。フツーの日本人だと思っている。今日も銭湯でのんびりしたし、お昼は貰い物のインスタントラーメンにたっぷり野菜をぶち込んで食べた。毎晩、腹筋や腕立てをやったり、なるべく自転車を使うようにしている。そういえば、車は一度も所有したことはないな。テレビも余り見ない。教育テレビの福祉番組は良く見る。借家のオーナーは嫌なヤツだとは思っている。しかし「死んでしまえ!」とは叫ばない。いつか皮肉はかましてやろうと思ってはいる。極々、平均的な市民だと思っている。ボクのようなキャラは、韓国にもいるだろうし、ドイツにだっている。ガーナにだっている。トンガにもいるはずだ。もうすぐ夏本番。時間は流れていく。闘争、いやだ!団結を…考えよう!

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