2009年2月27日金曜日

ロシナンテ社から

もうすぐ春がそこまで来ています。この冬は、市内で氷が張るのを一度もみかけませんでした。温暖化の進行は間違いないようですね。
ロシナンテ社の前期(2007年8月~2008年7月)の収入は、「月刊むすぶ」の売り上げがほとんどを占めています。雑誌の売り上げが、月々約80万円。これが年間で900万円程度。それとこの間、アットワークスと組んで出してきた単行本で何とか210万円。あと他社の単行本などを販売して手数料として20万円程度。あとは、カンパ的なお金をいただだいてこれを広告収入として処理しています。これらがロシナンテ社の売り上げの全てです。合計約千二百万円。
これらのうち、単行本の売り上げの中には、アットワークスへ委託としてお願いしているものを売掛金として計上しています。書店での販売が中心です。売れた分を月々、入金してもらっています。さらに「月刊むすぶ」の売掛金も含まれています。つまり現金化されていないお金が含まれていることになります。
これに対して「月刊むすぶ」の印刷代が、約300万円。4冊単行本他を出しましたからこの費用が約260万円。他、お付き合いのため買取(7掛)で単行本を仕入れたりしています。合計590万円。
そして一般管理費と販売費等で約650万円が支出されています。この段階で差し引き約40万円の赤字です。ここに単行本を中心とした在庫を棚卸資産として120万円を計上しました。この他、ちょっとしたお手伝い、何かの集会やたまにお話しを頼まれて頂戴する収入があります。前期はそれらが。約17万円。他もろもろ償却等が、13万円ほどあります。さらに法人税等を差引きますから、純利益は62万円となります。
但し、売上の中に売掛金も含まれています。これが約150万円程度。それと棚卸資産は、あくまで品物です。売れないと現金にはなりません。これらを差引きすると約210万円が、現金として足りません。この不足分は、借入金で対処しています。
借入先は、私の個人的な人脈(長野県関係)と個人のカードローンです。
今期は、売上はほぼ前期と同じくらい。7月の期末までに、3冊程度の単行本の計画があります。とりあえず印刷代を中心に100万円程度の経費削減が見込まれます。他、前期では、原付バイク、パソコン等の購入等で約40万円を支出しました。これらの支出が今期はありません。他、もろもろ節約すれば、今期は前期よりは現金に余裕が生じると思います。

「月刊むすぶ」の売上の増加は中々、難しいと考えています。直接、集金する等で何とか最低限1200人程度の定期読者。そして他、単発での売上で月々、80万円程度はお金になります。
ロシナンテ的ネットワークが、これからどのように変化するか分かりかねる要素はありますが、もうひとつの「生き方」を実践的に表現し続けることで、一定の支持はいただけると思います。
この夏でロシナンテ社は39年です。その蓄積にはそれなりのものがあると思います。その回路を使い、単行本等も流通させていくことは可能です。とにかくこのネットワーカーを社会に定着した文化として根付かすことができれば幸いです。
 お力をお貸しくださいませ。
(しかた さとし)

2009年2月26日木曜日

ロシナンテ業務日誌

ロシナンテ業務日誌

2月8日 世間は日曜日。7時55分起床。
ヨーグルト、食パン1枚、コーヒー。八時半から仕事開始。まず仕事場の整理、片付けから始める。ここ数日、整理整頓が疎かになっていた。松場さんのテープ起こし。15時、市内集金。原付バイク。寒い。途中、図書館で新聞を読む。買うともったいないので図書館をなるべく利用する。朝日、読売、京都と1時間かけて目を通す。18時帰社。3軒回って1軒集金。毎年1回、お顔をあわせる方もいる。お元気そうでなりより。事務作業の残りを片付けて21時終了。
2月9日 最近、起きるのが遅い。まあ職住一致だから朝に余裕があるのが嬉しい。
8時半仕事開始。吉田さんから電話。自費出版の問い合わせ。遺伝子組み換え問題事務局より電話。集会での書籍販売あんまりスペースないそうだ。テープ起こしの続きをやる。
昼前に出かける。目的地は西宮冷蔵。夕方から宴会のお誘い。途中、2軒、集金。
夕方5時阪神西宮着。水谷さんみずから出迎えいただく。恐縮。水谷さん、相変らず茶髪。ボクより5つ年上だけどお若い。元気な人だ。
西宮冷蔵では、その日の仕事が一通り終わり社員の皆さんがのんびりしていた。しばし雑談。息子・甲太郎さん、他社員三人と近くの銭湯。1時間ほどのんびりとする。
水谷さんとの出会いは、内部告発の特集をしたとき、富山の串岡さん、大鵬薬品労組以外に、誰かいないかと考えていた。
たまたま目にした日刊ゲンダイに水谷さんが紹介されていた。とにかく西宮へ出かける。阪神西宮。公衆電話を探す。104。電話番号を聞く。電話する。携帯も持っている。電波状態が悪いと切れるときがある。だから公衆電話。
「日刊ゲンダイで見ました。「月刊むすぶ」という雑誌を出しています。実は近くにいるんです」
「是非、来てください」
タクシーで会社まで行く。
この辺、ボクも結構、強引なんだが、それに気軽に応える水谷さんも邪心のない人だ。さすが元高校球児。そんな水谷さんとも7年くらいのお付き合いになる。ビラまきも手伝った。座り込んでいる梅田の陸橋へも出かけた。そんな西宮冷蔵で宴会。今回は会社の事務所でなべ。
風呂か戻ると水谷さんがもう一人お客さんを連れて来ていた。ぺんぎんぺり館の大田さん。うちの読者だ。「芦屋の支援者も来ます」と水谷さんが言っていた。女性だという。ひょっとしたら・・・。大田さんだった。
社員はほとんど若い人。とにかく水谷社長を慕って仕事をしている。売上が一向に元に戻らない。正直、明日の不安は一杯。既婚者の社員には、子供さんもいる。それでも西宮冷蔵で働くことを望んでいる。凄いと思う。水谷さんの人間的な魅力だろう。すくなくともボクにはそんなものはまずない。なべも終わり。
「実は私再婚しました。新しい子供が3人増えました」とTシャツに写る新しい家族を紹介してくれる。「彼女は沖永良部島出身です。たまたま銭湯帰りに入ったスナックで知り合いました。実の娘の一人が障害者です。新しい嫁も実は足が悪いですわ」明日をも知れぬ会社の社長は、現在、六人の子持ち。やっぱり国家権力と闘う人は違う。
この後、水谷社長、甲太郎さん以下社員2名。大田さん、ボクでそのスナックへ。水谷さんは、森昌子の越冬ツバメを熱唱していた。

2009年1月30日金曜日

ロシナンテぶらぶら

ひょとしたらオバマさんはキューバが手本ではなかろか・・・・ 

アメリカ大統領に初の黒人、オバマさんが就任した。人種差別の歴史を乗り越え、アメリカという国家はここまでたどりついたわけだから、その民主主義のシステムは素晴らしいものだ。キング牧師が「I have a dream」と演説して四十六年。良くも悪くもアメリカは、アメリカ?戦後六十四年たっても戦後責任を取らない日本に比べれば、数段上の国家だ、と思う。
しかしオバマさんのグリーンニューディールは、「あっアメリカは、資本主義に依拠した民主主義国家なんだよな」と再確認させてくれる。
 グリーンエネルギーは本来、地域共同体で生産・管理しやすいシステムなはず。そこへ国家が資本を投入したらどうなるか。もしアメリカ国民が、キューバの人たちのように有機農業などを基礎にした社会をつくるというならば別だが・・・。オバマさんは、アメリカ資本主義をどこへ導こうというのか。
 もしアメリカ合衆国が、国家を上げてソフトエネルギーへの道を歩むというならば、それは21世紀の市民社会の革命ではなかろうか。巨大エネルギーマフィアから市民の手にエネルギーの生産・管理を取り戻すわけだから。
エネルギーと情報技術を市民社会に取り戻した21世紀市民は、さらなる民主主義に向かうのだろうか。そのためには、さらに食料生産を地域共同体に取り戻す。これってひょっとしたらキューバ?死にかけているはずのカストロさんも復活するか!ゲバラが人気なのもこんなところにあるのだろうか。
自動車なんかも修理して修理して使う。トヨタは困るだろうな。一人一台なんてゼイタク。隣近所で持ち合う。発達したテクノロジーが、限りある資源を循環させて使う。等身大のテクノロジーの面目躍如。まさにエコロジー革命だ!オバマさんはどこまで考えているのだろうか。

 グリーンエネルギーというので、風力発電がアメリカほど広々とした土地のない日本でドンドン建設されようとしている。  
伊方原発のある佐田岬半島なんか風車だらけ。幅の狭い半島に風車がにょきにょきと立っている。風力発電は、環境を汚染しない!これが設置者の言い分。ということは、彼らは原発の出す放射能の危険性は分かっているらしい。
風車から低周波音(空気振動)が発生していることが分かってきた。風車近くに暮らす人たちは、野鳥がいなくなったり、山に暮らす動物たちが身近に出没するようになったという。風車の出す低周波音のエネルギーはそれほど凄い。モーター等から発生する低周波音とは比べ物にならないエネルギーレベルである。それほど被害は深刻なもの。
 今大切なことは、エネルギー生産の技術を市民が管理するという原則を確立することではなかろうか。原発反対運動の根っこにも、原発のような中央集権的な科学技術ではなく、市民の手に科学技術をという理念があったと思う。運動のための運動ではなく、市民主権のための闘争が、反原発運動の原点。風車被害者に連帯するのは、長年、原発社会解体を目指してきた私たち反・脱原発運動の責任ではないでしょうか。
(しかた さとし)

2009年1月27日火曜日

ロシナンテより

ロシナンテ社の前代表Xさんは、1990年夏、突然いなくなりました。まぁ失踪したわけです。その後、残った働き手が何とか活動を存続させてきました。
そして私(四方)が代表に就任して順次他の社員の皆さんは、新たな仕事に代っていきました。Xさんが、ロシナンテ社のやり繰りに苦労していたのはよくわかります。その彼の責任放棄をいまさら追及する気はサラサラ私にはありません(Xさんは一年後には自宅にもどり市民生活に復帰しています)。
 
大切なのは、ロシナンテ社が各地の住民運動・市民運動のネットワーカーとして曲がりなりにも平場の声をつないできた事実です。
 ここ数年取り上げてきました汐見文隆さんの低周波音被害は、少しずつですが、マスコミも取り上げるようになってきました。先日も朝日新聞が、大きく取り上げたお蔭で、ロシナンテ社へも日経やフジ、日本テレビなどから問い合わせがありました(テレビ関係者の協力するのは当たり前みたいなインギン無礼さにはブチッときましたが・・・)。
 とにかく平場からの発信のお手伝いは出来ているのではないでしょうか。

1984年の夏、私は、ロシナンテ社で仕事をはじめました。洛北・下鴨神社の裏、安学生アパートの一室が仕事場でした。それから二十五年が過ぎました。
この『月刊地域闘争』から『月刊むすぶ~自治・ひと・くらし~』は、著名な書き手とかジャーナリストがいて・・・というわけではありません。京都の街で実に泥臭く生き抜いてきました。関西圏や首都圏の読者へは集金を掛けます。毎年毎年回ります。これは恐い!友達がいなくなる。そんな場がロシナンテ社です。
 
ただこういう営みは、私だからできたのだと思います。現在、私の給料は、月十万四千円にしています。社会保険等を支払うと手取りは、八万円後半。会社に棲みついているので、さらにここから一万三千円家賃として戻します。前期の損益計算書上には、広告代として計上されています。そして二万円定期預金に回します。何年か前、百二十万円くらい貯金できたのですが、どうしても厳しい状態でしたから会社に入れました。現在、ようやく定期預金が十二万円になりました。私個人は、食費と銭湯などで月四万円は必要です。だからこれで十分くらしていけます。新聞は、資料代として会社負担にさせていただいています。その他昨年は原付バイクを購入させてもらいました。中古で十万円のホンダのカブです。さすがに自転車でどこへもというのがキツクなりました。こんな感じでやりくりしています。
 ただこれでは、このロシナンテ社の根っこを次の世代につないでいけません。正直、私と同じことは誰も出来ない。そこで現在すすめているのが、単行本を出す。できる限り普通の出版事業ができる会社にすることです。

ロシナンテ社の貸借対照表と損益計算書等を掲載させていただきます。
先代が全てを放り出して混乱したため、まだまだよくわからないお金がありますが、来月からすこしずつ少しずつ説明していきます。詳しくはそちらをご覧ください。
(しかた さとし)

2008年12月26日金曜日

2008年が終わります。

今年も「月刊むすぶ」、お力添えありがとうございます。
 
1970年からロシナンテ社がこつこつとつないできたネットはまだまだ健在です。もちろん、不十分な点もたくさんあります。それでもインターネットにはない良さを持ちつつ生き抜いています。まだまだ前進です。

①「月刊むすぶ」の定期購読の輪にご参加ください。
年間購読代は8400円。19年間据え置きです。
入金先 郵便振替 4008047
    三菱東京UFJ銀行出町支店(普)4008047
    名義 ロシナンテ社
②使い損じの葉書などありましたら是非、お分けください。
③こんな発信をしたい。是非、お声かけください。スペースをとります。

 新聞やテレビを見ていると不況!不況!と騒いでいます。派遣労働の人たちがドンドン首切りです。しかしこれまで大もうけしてきたはずの大企業がその内部留保のお金を労働者に回すという話はトンと報道していません。企業防衛が第一なのでしょうか?マスコミもやれハローワークに麻生さんが出かけたと映像を垂れ流しています。何かおかしいぞ!
 なんでもいいです。是非、皆さんのご意見、お寄せください。よろしくお願いします。

連絡先 〒605-0974
     京都市東山区泉涌寺五葉ノ辻町28
     電話・FAX 075(533)7062
     E-mail musub@big.or.jp
             ロシナンテ社・四方哲


2009年が皆様にとってよい年でありますように。

2008年12月24日水曜日

あとがき

 今年は平成二〇年だ・・。日頃西暦中心の生活をしているのでもう一つピンとこない。
クリスチャンではないが2008年の方が便利だ
▼ロシナンテ社、何とか2008年(平成二〇年)をやり過ごした。生き抜いたゾ!ロシナンテ社は三十九年目だゾ。ただただ合掌
▼最近ひざが痛む。いよいよ歳か。さみしい。先月、知り合いの店で久しぶりに奮発して登山靴を買ったばかりなのに・・・・
▼比良山に登るぞ。上手くすれば日本海が見えるはずだ。高校の地学実習で登って以来だ。山登りはいい
▼最近読んだ漫画は北アルプスの山岳救助がテーマだった。救助者が重傷の遭難者を担いで岩肌を登る。担ぎあげても彼の息は既に絶えている。その遺体に主人公は「ご苦労さん」と微笑む
▼体育は嫌いだった。でも長距離だけは嫌いじゃなかった。紫野高校のグランドから鷹ヶ峰を光悦寺、然林房と走るコースが冬の定番だった。雪の降る中、鷹ヶ峰を走った。まとわりつく雪。吐くと白くなる息づかい。あれはサイコーだった。どうなるか分からないが、来年もとにかく前進しようと思う。 (四方)

2008年12月10日水曜日

ロシナンテ日記

 2008年も残りわずかになりました。
 今年1年、お付き合いいただき感謝です。
ようやく冬の寒さがやってきました。ロシナンテ社、39回目の越冬です。
 さて愛媛県・肱川の清流を取り戻す取り組みを「肱川〜清流の復活を求めて〜」と単行本発行を予定していましたが、編者の都合で延期となりました。あらためてご案内させていただきます。
 その肱川が流れる大洲市へ出かけた際、川漁師の楠崎さんは、「鵜飼を観に来た観光客が、川が臭いと嫌がる」と話してくれました。それだけダムの環境に及ぼす影響は大きいのでしょうね。先日も京都大学で「川の全国シンポジウム」が開催され大勢の人が集まっていました。元国交省の河川事務所長の宮本さんや大熊孝さんなどが発言していました。
 単行本「川辺の民主主義」を販売していて分かってきたのは、ダム問題が社会全体の課題としてまだまだ身近なものではない。徳島市の吉野川可動堰問題では、住民自治・参加まで引き寄せて訴えたことが住民投票を実現させ、徳島市を輝かせたと思います。しかし現状は、一部マスコミや政治家のパフォーマンスの場にダム問題が使われているようにも、私には見えます。例えば、横須賀のアメリカ原子力空母母港化に県知事が反対するとは思えない。橋下大阪府知事なら万歳三唱して空母を受け入れるんじゃなかろうか。ダム問題はそれだけ情報流通産業のマスコミも報道しやすいのではなかろうか。
 大切なのは、徳島の住民投票という民主主義の成果をドンドン活用することではないかと思います。暴漢に襲われ重傷を負わされても産廃処分場を拒否した前・御嵩町長・柳川さんが「情報公開制度を整備したが、町民はほとんど使わない」とこぼしていました。折角、手にした道具は使わないと錆付いちゃう。
 川のシンポで司会を担当していたM市会議員(決して京都市の議員さんではありません)は、平和問題、人権問題もなんでも取り組んでいる。エライ人だと尊敬します。そのスタンスが素敵だ。同様に北摂でダム問題に取り組む高校教師・Eさん。彼も幅広く活動している。大病をしたという。無理せずボチボチと頑張ってください。
 もう一月で今年も終わり。ロシナンテ社、まだまだ前進です。今後ともよろしくお付き合いくださいませ。