その昔、川と人は共生していました。そしてその流域には民主主義が根付いていたのです。人々は洪水を当然のこととして、生活の場で川をなだめる知恵を培っていました。それが流域住民が、長い経験で助け合うために形作ってきた民主主義なのです。
ところが、あるときから自然を力ずくで押さえ込むことが一番!となりました。いつしか岸辺はどこもコンクリートばかり。上流にはダム、ダム、ダム・・・。そんな風景があたりまえになりました。
愛媛県東部・大洲市。肱川にまとわりつくように歴史を刻んできた町です。この肱川上流には既にダムが2つあります。その結果、水質は確実に悪くなり、住民は天然の鮎の肉質まで不味くなったといいます。川底に泥が堆積してコケがはえなくなり、鮎は成魚になってもユスリカなどの幼虫を食べるようになりました。つまり肉食になったわけです。
そんな肱川に新に山鳥坂ダムの建設が進められようとしています。国土建設省は、水害対策、県都・松山市の渇水対策だとその目的を次々に取り繕います。ご多分にもれず大洲市も財政がかなり逼迫してきています。その市に県や国交省はそれなりの負担をダム建設に対して求めています。水害に対しての効果も十分に証明されていない。その上、地元に巨額の経済的負担を求める。このダム建設は一体、何?利権の臭いがプンプンする。
流域住民は立ち上がりました。住民投票も求めました。しかし市議会は否決。それでもいろんな方法で住民の皆さんは声を出し続けました。そんな中、今年1月、大洲市会議員・有友正本さんは立ち上がりました。磐石の体制を固めた現職に対して泡沫よばわりされながらも市長選挙に立ち上がったのです。結果は惜敗。短い選挙準備期間。それでも900票まで迫ったのです。
住民は声を出したいのです。地域のいろんな決定の場に当たり前に参加したいのです。
今、私たちは、参加するシステムを奪われてしまったのです
2009年7月15日水曜日
2009年7月9日木曜日
2009年6月22日月曜日
ロシナンテ四方山話
6月18日、臓器移植改定A案が、衆議院で可決された。実質審議8時間。参議院での審議を残すのみとなった。日本人の死生観もこれでグローバル化したのか?一般的日本人の宗教観といえば、クリスマスに「メリークリスマス!」年が明けると神社に初詣。葬式はお寺。これは確かに最先端の世界基準かもしれないが…。
脳死状態といっても特に子どもの肉体の復元力は凄いらしい。今国会でも子どもの脳死をどこまで認めるかが大きな焦点になっている。もちろん臓器移植でしか助からない命もあるのは事実だ。しかし死生観は、その社会が長い歴史の中で培ってきたもののはず。それが十分に論議されずに国会で決められるようとすることに釈然としないボクがいる。
一方、IT化の中枢・インターネットでは、「本音」が受けるらしい。曰く「在日に特権を与えるな!」こんなやり取りが受けるらしい。そんな差別的な世界が、私たちの日常にまで当たり前のように滲めだしてきている。この腐臭は、犯罪者への厳罰化という世論からも漂ってくる。いつの間にか国家に私たちの生命さえあずけてしまったのだろうか。
人間という生き物には、自分のことは自身で決めたいという本能があるはずだ。とにかく権力なんかで押さえつけられると「ギャオー」となる。それが健康的な人間ではなかろうか。どうもそれがしんどくなってきているのだろうか。何か耳障りの良い声に従うことは、確かに楽チン。しかしその拠り所のベクトルが、集団イジメに向かっているとこりゃ怖い。
少なくともボクは日本人だ。日本語しか喋れない。自慢じゃないが、この列島はひととおり歩き回ったが…、海外へはいったことはない。パスポートもない。ついでに言うがテレビゲームも大昔のインベーダーゲームしかしらない。もう一ついうとお金がない。結構、貧乏だ。これも自慢だ。でも1959年から生きてきたこの体と心は、間違いなく日本人だと思う。
こんなボクは、脳死即人の死、外国人は出て行け!麻原をすぐ処刑しろ!とは考えない。フツーの日本人だと思っている。今日も銭湯でのんびりしたし、お昼は貰い物のインスタントラーメンにたっぷり野菜をぶち込んで食べた。毎晩、腹筋や腕立てをやったり、なるべく自転車を使うようにしている。そういえば、車は一度も所有したことはないな。テレビも余り見ない。教育テレビの福祉番組は良く見る。借家のオーナーは嫌なヤツだとは思っている。しかし「死んでしまえ!」とは叫ばない。いつか皮肉はかましてやろうと思ってはいる。極々、平均的な市民だと思っている。ボクのようなキャラは、韓国にもいるだろうし、ドイツにだっている。ガーナにだっている。トンガにもいるはずだ。もうすぐ夏本番。時間は流れていく。闘争、いやだ!団結を…考えよう!
脳死状態といっても特に子どもの肉体の復元力は凄いらしい。今国会でも子どもの脳死をどこまで認めるかが大きな焦点になっている。もちろん臓器移植でしか助からない命もあるのは事実だ。しかし死生観は、その社会が長い歴史の中で培ってきたもののはず。それが十分に論議されずに国会で決められるようとすることに釈然としないボクがいる。
一方、IT化の中枢・インターネットでは、「本音」が受けるらしい。曰く「在日に特権を与えるな!」こんなやり取りが受けるらしい。そんな差別的な世界が、私たちの日常にまで当たり前のように滲めだしてきている。この腐臭は、犯罪者への厳罰化という世論からも漂ってくる。いつの間にか国家に私たちの生命さえあずけてしまったのだろうか。
人間という生き物には、自分のことは自身で決めたいという本能があるはずだ。とにかく権力なんかで押さえつけられると「ギャオー」となる。それが健康的な人間ではなかろうか。どうもそれがしんどくなってきているのだろうか。何か耳障りの良い声に従うことは、確かに楽チン。しかしその拠り所のベクトルが、集団イジメに向かっているとこりゃ怖い。
少なくともボクは日本人だ。日本語しか喋れない。自慢じゃないが、この列島はひととおり歩き回ったが…、海外へはいったことはない。パスポートもない。ついでに言うがテレビゲームも大昔のインベーダーゲームしかしらない。もう一ついうとお金がない。結構、貧乏だ。これも自慢だ。でも1959年から生きてきたこの体と心は、間違いなく日本人だと思う。
こんなボクは、脳死即人の死、外国人は出て行け!麻原をすぐ処刑しろ!とは考えない。フツーの日本人だと思っている。今日も銭湯でのんびりしたし、お昼は貰い物のインスタントラーメンにたっぷり野菜をぶち込んで食べた。毎晩、腹筋や腕立てをやったり、なるべく自転車を使うようにしている。そういえば、車は一度も所有したことはないな。テレビも余り見ない。教育テレビの福祉番組は良く見る。借家のオーナーは嫌なヤツだとは思っている。しかし「死んでしまえ!」とは叫ばない。いつか皮肉はかましてやろうと思ってはいる。極々、平均的な市民だと思っている。ボクのようなキャラは、韓国にもいるだろうし、ドイツにだっている。ガーナにだっている。トンガにもいるはずだ。もうすぐ夏本番。時間は流れていく。闘争、いやだ!団結を…考えよう!
2009年5月29日金曜日
最深部
南富良野町落合。道路沿いに何軒か商店が立ち並ぶ。そのうちのいくつかは、すでに空き家だという。その中で営業しているひとつの店に案内してもらい入る。入り口に新沼謙治コンサートのポスターが貼ってあった。棚に50円と赤いマジックで値段が書かれた箱がある。紅ショウガ、袋の裏を見る。賞味期限は一年前。その他いろいろな漬物らしきものが無造作に積んである。どれも賞味期限がとうに切れている。店の奥にはいろんな農具が所狭ましと並んでいる。トランプなどの玩具まである。
南富良野町、人口約2900人。北海道の真ん中より南西の内陸の過疎の町。北海道の最深部なんだろう。
こんな過疎の町にどんころ野外学校はある。代表は目黒義重さん。山岳ガイドやアウトドアガイドの資格からカーリング指導員の資格も持つ。オリンピックで活躍した目黒萌絵さんのお父さんだそうだ。そんな彼が率いるどんころ野外学校は、参加者と一緒に四季を通じてアウトドア体験やラフティング、スクール、キャンプそしてカントリーライフを楽しみながら指導して生計をたてている。スタッフは12人。このスタッフの子ども6人が、落合集落の小学校 児童の半分を占めるという。そして自分たちの住居は、スタッフの中の大工経験者が中心になって自分たちで作ったという。ひとつの共同体を目黒さんという個性が作り出したのだろう。
幕別町の農業経営・長坂さんの話だと、元来、北海道は農業には適していない。先住民が自然と共生して生きていたところに無理やり農業を持ち込んだ。開拓初期は、本当にギャンブルのような農業をやっていた。ビートが儲かるとなるとそればかりを何年も連作する。当然、耕地が荒れる。そうすると開拓民は次の土地に移るという。一旗上げて故郷に戻ることを目標に、「内地」から人口流入があった。
どんごろのある南富良野は、約120年前、砂金採取で人が移り住み、それからは林業が盛んになり、人口が増えていったという。半世紀前には、1万人を超えていた。しかし木材の自由化で人口は現象していく。そんな中、アウトドアを一つの生きる糧としてとらえ、スタッフが食えることを考え、どんごろ野外学校は、1989年に設立されている。冒険家の植村直巳さんとも因縁があり、北海道のアウトドア業界では老舗だ。
この目黒さんを頼って若者が各地から集まってくる。結果、どんころ野外学校というアウトドア共同体が形作られる。住宅を建設するのは、朝飯前。何人も大工経験者がいる。最近では、野外学校でパン焼きの修行をしていた若者が、どんごろを巣立ち同じ町内にパン屋兼喫茶店を開店した。彼は埼玉県から北海道にやって来たという。
同じ北海道でも伊達市では、リタイアした人たちの終の棲家として地域作りをして一定の成果を上げたという。ところがその手の移住者は、積極的に地域社会に貢献する人は少ないという。さらに別荘が、都会の資本によって開発されて売れたとしても地域社会は決して元気にはならない。地方が本当に欲している人材は、そこに住み着き、何がしかのつながりを作ろうとする生活者ということだ。
どんごろというコミューンは確かに今は成功した。しかしこの成功は、目黒さんという決し気負いを感じさせない個人の魅力に負うところが大きい。個人の力は、小さいようで意外に変化を演出しうる。その変化への入り口を、誰でも利用できるものにするのが、行政などの社会的責任ということではなかろうか。どんな地域でも見本にできる処方箋はいまのところ中々見つけられない。地域の活性化は、それぞれの場で偶然と創意工夫で何とか進められているのが実情だろう。
幹線道路をラフテングのゴムボートを積んだ車が何台も上流を目指して走っていく。
(しかたさとし)
南富良野町、人口約2900人。北海道の真ん中より南西の内陸の過疎の町。北海道の最深部なんだろう。
こんな過疎の町にどんころ野外学校はある。代表は目黒義重さん。山岳ガイドやアウトドアガイドの資格からカーリング指導員の資格も持つ。オリンピックで活躍した目黒萌絵さんのお父さんだそうだ。そんな彼が率いるどんころ野外学校は、参加者と一緒に四季を通じてアウトドア体験やラフティング、スクール、キャンプそしてカントリーライフを楽しみながら指導して生計をたてている。スタッフは12人。このスタッフの子ども6人が、落合集落の小学校 児童の半分を占めるという。そして自分たちの住居は、スタッフの中の大工経験者が中心になって自分たちで作ったという。ひとつの共同体を目黒さんという個性が作り出したのだろう。
幕別町の農業経営・長坂さんの話だと、元来、北海道は農業には適していない。先住民が自然と共生して生きていたところに無理やり農業を持ち込んだ。開拓初期は、本当にギャンブルのような農業をやっていた。ビートが儲かるとなるとそればかりを何年も連作する。当然、耕地が荒れる。そうすると開拓民は次の土地に移るという。一旗上げて故郷に戻ることを目標に、「内地」から人口流入があった。
どんごろのある南富良野は、約120年前、砂金採取で人が移り住み、それからは林業が盛んになり、人口が増えていったという。半世紀前には、1万人を超えていた。しかし木材の自由化で人口は現象していく。そんな中、アウトドアを一つの生きる糧としてとらえ、スタッフが食えることを考え、どんごろ野外学校は、1989年に設立されている。冒険家の植村直巳さんとも因縁があり、北海道のアウトドア業界では老舗だ。
この目黒さんを頼って若者が各地から集まってくる。結果、どんころ野外学校というアウトドア共同体が形作られる。住宅を建設するのは、朝飯前。何人も大工経験者がいる。最近では、野外学校でパン焼きの修行をしていた若者が、どんごろを巣立ち同じ町内にパン屋兼喫茶店を開店した。彼は埼玉県から北海道にやって来たという。
同じ北海道でも伊達市では、リタイアした人たちの終の棲家として地域作りをして一定の成果を上げたという。ところがその手の移住者は、積極的に地域社会に貢献する人は少ないという。さらに別荘が、都会の資本によって開発されて売れたとしても地域社会は決して元気にはならない。地方が本当に欲している人材は、そこに住み着き、何がしかのつながりを作ろうとする生活者ということだ。
どんごろというコミューンは確かに今は成功した。しかしこの成功は、目黒さんという決し気負いを感じさせない個人の魅力に負うところが大きい。個人の力は、小さいようで意外に変化を演出しうる。その変化への入り口を、誰でも利用できるものにするのが、行政などの社会的責任ということではなかろうか。どんな地域でも見本にできる処方箋はいまのところ中々見つけられない。地域の活性化は、それぞれの場で偶然と創意工夫で何とか進められているのが実情だろう。
幹線道路をラフテングのゴムボートを積んだ車が何台も上流を目指して走っていく。
(しかたさとし)
2009年5月25日月曜日
ロシナンテ社より
まずは一点、ご報告です。昨年、十月より募集していました融資ですが、十名の方から合計219万円をお寄せいただきました。こころより感謝です。本当にありがとうございます。
4月には、『肱川』、『低周波音被害の恐怖』と2冊、単行本を出せました。まだまだ費用分までの回収には至っていませんが、頑張って販売しています。
これでアットワークスとの共同での単行本が7冊となりました。昨年4月に出した『川辺の民主主義』も苦戦しましたが1年をかけ、何とか製作費用は回収できました。まだ、約600冊、販売しなくてはなりませんが、とりあえずほっとしています。
この4月に出版しました『肱川』、『低周波音被害の恐怖』を売って、7月末までに発行資金を回収しなくてはなりません。お力をお貸し下さいませ。
ロシナンテ社は、あと1年と3ヶ月で四〇周年となります。ささやかなネットワーカーとして何とか生き抜いてきました。まだまだ前進です。
そんなロシナンテ社の立ち上げの頃、ご尽力されたXさんが、『スサノオ・大国主の日国』という本を出版しました。版元は福岡の梓書院。定価2000円。245頁という大著です。大和朝廷以前の古代史を大胆の推理した本です。
ロシナンテ社初期の関係者、あの方です。是非、ご購読ください。お願いします。地域の図書館へもリクエストしてください。よろしくお力添えください。
低周波音被害者の皆さんに接していると行政は、できる限り面倒なことには、関わり合いになりたくないと考えているのがよく分かる。政治・行政は、社会的に弱い立場の人を助けて、より平等に市民が生活できるようになるために利害を調整するモノと考えていたが、どうもそうではないらしい。むずかしい問題を騒ぎ立てる市民は、嫌いらしい。低周波音被害者は、苦情者である。やっかい者らしい。弱者に目が向かないこの国の行政はやっぱりおかしいというしかない。
ロシナンテ社、ちっぽけな存在ですが、今後ともよろしくご指導くださいませ。
①定期購読の輪を広げるのにお力をお貸しください。よろしくお願いします。
②使い損じの葉書、譲ってください。
③もう使わない商品券などもお分けください。なんでも構いません。
④購読代8400円は、二〇年間据え置きです。やり繰りしています。しかしこの購読代が大変な方、お米などの現物でもかまいません。お問い合わせくださいませ。日持ちする品物歓迎です。
⑤ゆうちょ銀行の口座からの自動支払いも可能です。用紙をご用意します。ご連絡ください。
もうすぐ梅雨。そして夏本番。何方様もお体、大切にお過ごしくださいませ。
ロシナンテ社、まだ四〇歳です。
4月には、『肱川』、『低周波音被害の恐怖』と2冊、単行本を出せました。まだまだ費用分までの回収には至っていませんが、頑張って販売しています。
これでアットワークスとの共同での単行本が7冊となりました。昨年4月に出した『川辺の民主主義』も苦戦しましたが1年をかけ、何とか製作費用は回収できました。まだ、約600冊、販売しなくてはなりませんが、とりあえずほっとしています。
この4月に出版しました『肱川』、『低周波音被害の恐怖』を売って、7月末までに発行資金を回収しなくてはなりません。お力をお貸し下さいませ。
ロシナンテ社は、あと1年と3ヶ月で四〇周年となります。ささやかなネットワーカーとして何とか生き抜いてきました。まだまだ前進です。
そんなロシナンテ社の立ち上げの頃、ご尽力されたXさんが、『スサノオ・大国主の日国』という本を出版しました。版元は福岡の梓書院。定価2000円。245頁という大著です。大和朝廷以前の古代史を大胆の推理した本です。
ロシナンテ社初期の関係者、あの方です。是非、ご購読ください。お願いします。地域の図書館へもリクエストしてください。よろしくお力添えください。
低周波音被害者の皆さんに接していると行政は、できる限り面倒なことには、関わり合いになりたくないと考えているのがよく分かる。政治・行政は、社会的に弱い立場の人を助けて、より平等に市民が生活できるようになるために利害を調整するモノと考えていたが、どうもそうではないらしい。むずかしい問題を騒ぎ立てる市民は、嫌いらしい。低周波音被害者は、苦情者である。やっかい者らしい。弱者に目が向かないこの国の行政はやっぱりおかしいというしかない。
ロシナンテ社、ちっぽけな存在ですが、今後ともよろしくご指導くださいませ。
①定期購読の輪を広げるのにお力をお貸しください。よろしくお願いします。
②使い損じの葉書、譲ってください。
③もう使わない商品券などもお分けください。なんでも構いません。
④購読代8400円は、二〇年間据え置きです。やり繰りしています。しかしこの購読代が大変な方、お米などの現物でもかまいません。お問い合わせくださいませ。日持ちする品物歓迎です。
⑤ゆうちょ銀行の口座からの自動支払いも可能です。用紙をご用意します。ご連絡ください。
もうすぐ梅雨。そして夏本番。何方様もお体、大切にお過ごしくださいませ。
ロシナンテ社、まだ四〇歳です。
2009年4月30日木曜日
今、岩国は
今、岩国はどうなっているんだろう。
市民の側に立って米軍施設の受け入れ拒否を貫いてきた井原勝介さんが市長選で敗北したのが、昨年2月。
『4月12日、愛宕山に米軍住宅も米軍施設もいらない!愛宕山大集会』が開催されました。参加約2000名。
今、集会の会場になった愛宕山は、神社を囲うように整地が進んでいました。その周りをフェンスが覆う。そんな光景が集会参加者の目の前に広がっていました。
井原勝介さんは、訴えます。
目の前の現実を肌で感じてください!
皆さんこんにちは。前の市長の伊原勝介です。こう発言しなくてはならないのが残念です。全国各地からきていただいてありがとうございます。
今日ここに皆さんが来て、この整地されされた用地の広大さを肌で感じることが大切だと思います。この住宅地の真ん中にフェンスが張られて米軍住宅が建設されようとしています。治外法権の状態になっています。この現状を一般の市民の感覚で感じてみてください。
ものすごくおかしいことだと思いませんか!麓から神社に通じていた道も歩けなくなりました。
岩国にとっておかしいと思うのは当然です。常識です。
今見えているのは、予定地の半分ですよ。向う側にもう半分あるんです。
全部で1平方キロ、100ヘクタール約100町歩。なんと東京ドームが20個入るんですよ。
それを4分の3を国に売り渡して米軍住宅にしようとしている。非常識極まりないと思いませんか!
この現実を是非肌で感じ取ってほしい。
そして全国に伝えて欲しい。この非常識を!
市民の声が届かない…
どうしてこんなことになるんでしょうか?それは政治が根本的に間違っているからです。
第一に我々の声、市民の声が届かない。
昨年来、愛宕山開発事業を廃止するために県と岩国市は協議を重ねてきました。いろいろな手続きを進めてきました。公聴会もありました。何千という人が反対の意見書を出しました。声を上げました。
しかし全くそれらの意見は反映されませんでした。
全国の皆さんの協力もいただいて米軍施設反対のため、11万人という署名もいただきました。そして政府に届けました。
私たちは街頭署名もやりましたし、戸別訪問もやりました。戸別訪問をやれば、ほとんどの方が一も二もなく署名をしてくれます。
市内の署名はは5万でしたが、まだまだ歩けば7万、8万、10万と署名をしてもらえます。米軍住宅はいらないというのは明らかな民意です。
しかしこれが中々通じない。それが今の政治だと思います。そしてもっと悪いことに…米軍住宅にしようとしていることは明確であります。国も県も市も、意図は明確であります。でもこの意図が隠されたまま手続きだけが進められています。都市計画の変更だとか、全て米軍住宅だということが隠されています。
こんな広大な土地を町づくりということで開発を始めて途中で放り出す。法律的にはまったくおかしいことです。町づくりとして開発をしてきて、それを中止にしてそのあと何をするか。転用策を提示することなく中止をしてしまう。
国も県も市も法律に違反することをやっています。
私が市長だったらこんなことは死んでもできません。
本当はこの中に愛宕神社に通じる道が縦横に走っているんです。本当は住民の方が通る道が一杯あるんです。
しかし岩国市は、それを国に売るのは都合が悪いというので廃止してしまいました。何の説明もなしにですよ。これにも私は驚いてしまいました。何百年に渡って皆さん愛宕神社のお参りをしてきたんですよ。土地は市長のものではありません。道は住民共有のものです。岩国市はそれを単に管理しているに過ぎない。それを廃止するのはもっての外だし、何かに変更するというなら市民にキチンと説明するべきです。それさえなされない。
形容しがたいほど私は驚いてしまいました。先日。岩国市の情報公開審査会で決定が行われました。岩国市の内部資料の公開が決定されました。昨年来、我々が求めても拒否をしてきたものです。先日、岩国市の姿勢が覆されました。
市長を囲んでこの愛宕山を民間空港と取引をしてこの愛宕山を米軍住宅にしようという案が話し合われていたんです。その資料がまもなく明らかになります。ということはこれまで岩国市や県が言ってきたことはデタラメだということが明らかになります。これも考えられないことです。
ウソは政治家の始まり
ウソをつくということを政治は絶対やってはいけません。
先日、私がやっている塾で若者がこういいました。
「ウソは政治家の始まりだ」
高校生が政治にそんなイメージを持ってしまっているんです。これは深刻なことですよね。都合の悪いことは全て隠し市民をごまかし法律を無視してでも好き勝手をやるというのが,今この地域で起こっていることです。
私は日本が法治国家なのかを疑ってしまいます。無法地帯なのではないかと疑ってしまいます。そんな政治が岩国を目先のお金と引き換えに基地をドンドンドンドン拡大し、愛宕山を米軍住宅にしようとしています。そして全国でおなじようなことが起こっています。
こんな政治が国中を借金漬けにしたんですよ。失業者は町に溢れています。みんな将来に不安を持っています
そしてばら撒きのような政策は一杯行われます。そのつけは最後に増税などによってみんなのところに帰ってくる。全てはいまの政治が間違っているからだと私は思います。この政治を変えることなくして市民の本当の幸せはありえないと私は思います。この広大な土地に、市街地の真ん中に米軍住宅などできることなど想像ができません。見たくもありません。多分、愛宕神社の神様も同じだと思います。
私は今は一市民であります。
何の権限もありません。
しかし岩国の未来を見捨てるわけにはいきません。この愛宕神社の神様の前で私は誓いたいと思います。体を張ってでもこの愛宕山を守ることを誓いたいと思います。皆さんもご賛同いただけるなら、神様の前ですからウソはいえまえんよ!
私と一緒に闘うことを誓ってください
愛宕山の闘いは岩国の民主主義を守る闘いでもあります。日本の政治を根本から変えていく政治でもあります。皆さんとともに闘っていきたいと思います
(4月12日の発言まとめ・しかたさとし)
市民の側に立って米軍施設の受け入れ拒否を貫いてきた井原勝介さんが市長選で敗北したのが、昨年2月。
『4月12日、愛宕山に米軍住宅も米軍施設もいらない!愛宕山大集会』が開催されました。参加約2000名。
今、集会の会場になった愛宕山は、神社を囲うように整地が進んでいました。その周りをフェンスが覆う。そんな光景が集会参加者の目の前に広がっていました。
井原勝介さんは、訴えます。
目の前の現実を肌で感じてください!
皆さんこんにちは。前の市長の伊原勝介です。こう発言しなくてはならないのが残念です。全国各地からきていただいてありがとうございます。
今日ここに皆さんが来て、この整地されされた用地の広大さを肌で感じることが大切だと思います。この住宅地の真ん中にフェンスが張られて米軍住宅が建設されようとしています。治外法権の状態になっています。この現状を一般の市民の感覚で感じてみてください。
ものすごくおかしいことだと思いませんか!麓から神社に通じていた道も歩けなくなりました。
岩国にとっておかしいと思うのは当然です。常識です。
今見えているのは、予定地の半分ですよ。向う側にもう半分あるんです。
全部で1平方キロ、100ヘクタール約100町歩。なんと東京ドームが20個入るんですよ。
それを4分の3を国に売り渡して米軍住宅にしようとしている。非常識極まりないと思いませんか!
この現実を是非肌で感じ取ってほしい。
そして全国に伝えて欲しい。この非常識を!
市民の声が届かない…
どうしてこんなことになるんでしょうか?それは政治が根本的に間違っているからです。
第一に我々の声、市民の声が届かない。
昨年来、愛宕山開発事業を廃止するために県と岩国市は協議を重ねてきました。いろいろな手続きを進めてきました。公聴会もありました。何千という人が反対の意見書を出しました。声を上げました。
しかし全くそれらの意見は反映されませんでした。
全国の皆さんの協力もいただいて米軍施設反対のため、11万人という署名もいただきました。そして政府に届けました。
私たちは街頭署名もやりましたし、戸別訪問もやりました。戸別訪問をやれば、ほとんどの方が一も二もなく署名をしてくれます。
市内の署名はは5万でしたが、まだまだ歩けば7万、8万、10万と署名をしてもらえます。米軍住宅はいらないというのは明らかな民意です。
しかしこれが中々通じない。それが今の政治だと思います。そしてもっと悪いことに…米軍住宅にしようとしていることは明確であります。国も県も市も、意図は明確であります。でもこの意図が隠されたまま手続きだけが進められています。都市計画の変更だとか、全て米軍住宅だということが隠されています。
こんな広大な土地を町づくりということで開発を始めて途中で放り出す。法律的にはまったくおかしいことです。町づくりとして開発をしてきて、それを中止にしてそのあと何をするか。転用策を提示することなく中止をしてしまう。
国も県も市も法律に違反することをやっています。
私が市長だったらこんなことは死んでもできません。
本当はこの中に愛宕神社に通じる道が縦横に走っているんです。本当は住民の方が通る道が一杯あるんです。
しかし岩国市は、それを国に売るのは都合が悪いというので廃止してしまいました。何の説明もなしにですよ。これにも私は驚いてしまいました。何百年に渡って皆さん愛宕神社のお参りをしてきたんですよ。土地は市長のものではありません。道は住民共有のものです。岩国市はそれを単に管理しているに過ぎない。それを廃止するのはもっての外だし、何かに変更するというなら市民にキチンと説明するべきです。それさえなされない。
形容しがたいほど私は驚いてしまいました。先日。岩国市の情報公開審査会で決定が行われました。岩国市の内部資料の公開が決定されました。昨年来、我々が求めても拒否をしてきたものです。先日、岩国市の姿勢が覆されました。
市長を囲んでこの愛宕山を民間空港と取引をしてこの愛宕山を米軍住宅にしようという案が話し合われていたんです。その資料がまもなく明らかになります。ということはこれまで岩国市や県が言ってきたことはデタラメだということが明らかになります。これも考えられないことです。
ウソは政治家の始まり
ウソをつくということを政治は絶対やってはいけません。
先日、私がやっている塾で若者がこういいました。
「ウソは政治家の始まりだ」
高校生が政治にそんなイメージを持ってしまっているんです。これは深刻なことですよね。都合の悪いことは全て隠し市民をごまかし法律を無視してでも好き勝手をやるというのが,今この地域で起こっていることです。
私は日本が法治国家なのかを疑ってしまいます。無法地帯なのではないかと疑ってしまいます。そんな政治が岩国を目先のお金と引き換えに基地をドンドンドンドン拡大し、愛宕山を米軍住宅にしようとしています。そして全国でおなじようなことが起こっています。
こんな政治が国中を借金漬けにしたんですよ。失業者は町に溢れています。みんな将来に不安を持っています
そしてばら撒きのような政策は一杯行われます。そのつけは最後に増税などによってみんなのところに帰ってくる。全てはいまの政治が間違っているからだと私は思います。この政治を変えることなくして市民の本当の幸せはありえないと私は思います。この広大な土地に、市街地の真ん中に米軍住宅などできることなど想像ができません。見たくもありません。多分、愛宕神社の神様も同じだと思います。
私は今は一市民であります。
何の権限もありません。
しかし岩国の未来を見捨てるわけにはいきません。この愛宕神社の神様の前で私は誓いたいと思います。体を張ってでもこの愛宕山を守ることを誓いたいと思います。皆さんもご賛同いただけるなら、神様の前ですからウソはいえまえんよ!
私と一緒に闘うことを誓ってください
愛宕山の闘いは岩国の民主主義を守る闘いでもあります。日本の政治を根本から変えていく政治でもあります。皆さんとともに闘っていきたいと思います
(4月12日の発言まとめ・しかたさとし)
2009年4月24日金曜日
4・12愛宕山大集会アピール
本日の大集会は、愛宕山に米軍住宅も米軍施設もいらない!の1点の目的を貫くために、愛宕山を守る会・多くの市民団体が参加している「連絡協議会」が、急遽実行委員会を結成し準備してきました。短期間の取り組みでしたが、一昨年12月の国の仕打ちに『怒りの1万人集会』に続く集会として、立派に成功しました。
米軍再編によって厚木基地の艦載機が移転して来れば、岩国基地は極東最大の基地となります。移転に伴う米兵および家族4千人、家族住宅は1500戸必要と言われています。国は広大な愛宕山開発を米軍住宅の有力な候補地として、買い取りに水面下で動いています。
市民は滑走路沖合移設工事は爆音軽減、安全のための工事であり。埋め立てのための土砂を愛宕山から搬出しその跡地に市民のための夢のある街づくり、住宅を作るならと協力し、周辺住民は工事による振動、粉塵に耐えてきました。鎮守の森が削り取られるのにも目をつむってきました。
この思いを踏みにじるように、土砂搬出工事が終わると「愛宕山の住宅地は売れない」「地価の下落で採算が取れない」「赤字になる」という理由で販売の努力ひとつせず、愛宕山開発を中止しました。県・市は赤字解消のために跡地を国に売却するとしています。『愛宕山を守る会』や『連絡協議会』が進めた、「愛宕山に米軍住宅はいらない」の署名は岩国市内で5万、全国合わせて11万を超える大きな運動になりました。
県知事も市長も米軍住宅ありきでは国に売らないといわざるを得ない状況を作り出しています。一方、艦載機受入れ容認派は言葉巧みに、日米で共同使用できる施設の建設を主張し、愛宕山を米軍に提供する署名を行っています。
私たちは生活を脅かす愛宕山への米軍住宅、市民の財産を奪う米軍住宅施設に強く反対し、愛宕山開発が米軍のためでなく、岩国市民のために有効に使われることを強く訴えます。神奈川・沖縄・岩国、そして全国の運動と手を携えて、米軍住宅も米軍施設も作らせないため、さらに運動を強めて行くことを決いします。
2009年4月12日
4・12愛宕山大集会参加者一同
米軍再編によって厚木基地の艦載機が移転して来れば、岩国基地は極東最大の基地となります。移転に伴う米兵および家族4千人、家族住宅は1500戸必要と言われています。国は広大な愛宕山開発を米軍住宅の有力な候補地として、買い取りに水面下で動いています。
市民は滑走路沖合移設工事は爆音軽減、安全のための工事であり。埋め立てのための土砂を愛宕山から搬出しその跡地に市民のための夢のある街づくり、住宅を作るならと協力し、周辺住民は工事による振動、粉塵に耐えてきました。鎮守の森が削り取られるのにも目をつむってきました。
この思いを踏みにじるように、土砂搬出工事が終わると「愛宕山の住宅地は売れない」「地価の下落で採算が取れない」「赤字になる」という理由で販売の努力ひとつせず、愛宕山開発を中止しました。県・市は赤字解消のために跡地を国に売却するとしています。『愛宕山を守る会』や『連絡協議会』が進めた、「愛宕山に米軍住宅はいらない」の署名は岩国市内で5万、全国合わせて11万を超える大きな運動になりました。
県知事も市長も米軍住宅ありきでは国に売らないといわざるを得ない状況を作り出しています。一方、艦載機受入れ容認派は言葉巧みに、日米で共同使用できる施設の建設を主張し、愛宕山を米軍に提供する署名を行っています。
私たちは生活を脅かす愛宕山への米軍住宅、市民の財産を奪う米軍住宅施設に強く反対し、愛宕山開発が米軍のためでなく、岩国市民のために有効に使われることを強く訴えます。神奈川・沖縄・岩国、そして全国の運動と手を携えて、米軍住宅も米軍施設も作らせないため、さらに運動を強めて行くことを決いします。
2009年4月12日
4・12愛宕山大集会参加者一同
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