「今日の夕食は何にしますか。」
「冷蔵庫にさんまのひらきがある」とアケミがいう。
「じゃ、それと大根おろし、あとは適当に味噌汁ですね。」浩一は続ける。
「7時に、圭ちゃんがトイレ介護にくるから。」
「食事の準備しながらトイレの話しはやめなさいよ!」と少しろれつが回らない調子の声が飛ぶだす。「これは失礼…」
アケミは、障害からくる体の緊張を解くために昼間から酒を飲むことがしばしばある。それかなり度数の高いアルコールをストローで一気飲みする。
食事を作りながら二人は、四方山話を続けている。
「ちょっと体を上げてくれる」
「はい、はい」
車いすの後に回り込み、脇の間から腕をアケミの体に回し込んで小さく「ヨイショッ」といいながら浩一は引き起こす。
「最近、河田くんさ、あんまり介護に入ってくれないんだ。何かあったのかなぁ」
「実験が忙しいのじゃないかな。彼は生物だから、実験に時間が掛かるからね。それにゼミ生になるとレポートだけでも大変ですよ。」
「そうっか。」と抑揚のない声。
「何の実験?」
「実験というより観察?一日、森の中で菌類か苔かしらないけど地べたに這いつくばって見てるらしいですよ。」
「こんばんは!」
圭子が、部屋に入ってくる。外は雪が降っているようだ。まだはらい落とし忘れた雪が頭に残っている。
「雪が降ってきましたね。」
「節分だから吉田神社の前は人で一杯。少し遅れました。スイマセン。」
ダウンジャケットをハンガーで壁に吊るしながら彼女は言う。
「トイレいいですか?」
「圭ちゃんお願い」
浩一は部屋の外に出る。
アケミの住まいは、町の中心から阪急で一〇分くらいのところにある公団。そこの一階に段差のない住宅が一定数確保されている。そこに障害者枠で入居して5年になる。一〇階建ての建物が何棟も建ち並んでいる。
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